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4月 あの頃私の感じていたこと

私には、ルールがあります。
それは、思ったこと・感じたことをなるべく恥ずかしがらずにこういったblogに正直に表しておくこと。
それがもしかしたら後々何かの、誰かの役に立つかもしれませんし、もしも自分に限界が来てしまった時に誰かに何かメッセージを残すことができるかもしれないから。

このblogは趣味のブログです。
それ故に伝えられるメッセージは限定されてしまいます。
私のしていた「仕事」については抽象的な書き方しかすることが出来ません。

個人にも秘密があるように、企業にも機密があるはずですので。

私は4月1日、大手船会社の子会社で物流企画の総合職として採用され転職しました。
そのまま行けば、特に老後まで不自由のない人生設計が出来ていました。
700人ほどのエントリーがあった中での5人程度の採用でした。
4月1日という日もよく、自分にとって第二の新卒のような新しい人生の始まりでした。

しかし、何事も計画どおりには行かないもので。
東京で研修を進めれば進めるほど、「仕事が面白く」なっていってしまいました。
物流というモノを運ぶ意味について、物流の支えているこの世界。
その全ての意味を知ろうとしてしまいました。

そこから先は細かくは書けませんが、私は逐一メモを取り、違和感については常に「質問」という形で指摘するようになっていました。
歓迎会の席では連日お酒を振舞われました。
私は、体質的にアルコールが滅茶苦茶強いので、いくら飲んでもあまり酔っていないようなフリをすることができます。
お酒は、エタノールという薬品によって酔うものではなく、雰囲気に酔うものだということをその時の私は忘れていました。
ただ、断言できるのは私はアルコール依存では無いということです。
私は決して一人酒をしません。

私にはこのブログで今まで書いてきたような相当に強い「趣味」を持っています。

しかし、4月初めの自分は「仕事人間」になりきろうとしていました。
職場では「隠れヲタ」になろうと思っていたのです。

それだけで済めばよかったのですが、きっとあのまま行けば
私は仕事を家に持ち帰り、寝ている間も仕事のことしか考えないような人間になっていたと思います。
きっと、様々なゲームやグッズは色褪せて行き場を失ったのではないでしょうか。

そうして私は、職場では一切自分の愛した趣味のことを口に出さず、「表現」の場を失って孤立していました。
「仕事」と「趣味」を完全に割り切ってしまい、職場でまともな人間関係を築くことの出来ない「精神」になってしまっていたのです。
名古屋へ戻ってきて、初出社した日
私は体調を崩し、ソファーに寝かされました。
自社のことだけでなく、他社のことを気にするようになって次に目が回り始めたんだと思います。
それほどまでに、自分は「弱い」人間だったんだと気付かされました。

職場の同僚に最初連れて行かれたのは内科でしたが、気付けば大学病院の精神科へと連れて行かれていました。
そして精神安定剤を処方されていました。
診断の結果、自宅謹慎を申し渡され、謹慎期間中私は気晴らしに「旅行」をしていました。
青春18きっぷが残っていたので、南木曽まで。

そこでは、他社の乗り物があり、また別の地域があり、別の歴史があります。
その頃は丁度ヤマツツジが見ごろで、一緒に同行した母を楽しませました。

そうこうしているうちに気分が晴れ、「自分が精神科へ通院していたこと」を忘れました。
精神の問題を軽く考えてしまっていたのです。

様々な要因が重なって、大学病院の精神科の主治医にかかる予約の日を逃してしまっていました。
そうして言い渡されたのが「試用期間中の解雇通知」でした。
相手側も戸惑いながら、「君は優秀すぎた。もっといい会社に入れる筈だから頑張って欲しい。」
とベタなお世辞を頂きました。

私はその頃、半分と半分の感情が入れまじっていました。
・負けじともっといい会社を目指す
・諦めて自殺する

人生というのは、正直面倒なものだと思っています。
ときどき「私って何のために仕事をしているんだろう」と悩むことがあります。
それは「愛する人」がいる人にとっては至極簡単な命題なのだろうと思います。

愛する人というのは、家族であったり、友人であったり、そして恋人であったり。
そういったものを考える中で、私は段々と「人間不信」になっていきました。

そういった中で信じられるものは「データ」だけになっていきました。
視覚・聴覚の情報、これに私の脳は少しずつ「暴走」し始めていました。

ヒトの死ぬときに、最後に辿り着く場所というのは決まっていると思います。
それはこの「宇宙」の意味を知ること。

私は結局、精神安定剤には頼りませんでした。
それは、あくまで「期限の延長」に過ぎないから。

でも、労働という行為を続けるのであれば、嫌でも人を「信頼」しなければなりません。
例え、お金持ちの偉い世界でも、生まれながらの身分・性別の差があったとしても。
だから「処方薬」は必要となります。

私は、以前blogでオークションに寝具等を出品したように少しお金に困っていました。
それは言うまでも無く、出来過ぎた計画に乗せられて「遊び過ぎて」しまったから。
あとはその金銭的な計画に乗せるために一時しのぎでも無理に働きに出るようにしていました。

しかし、いざというとき、私が入院するに至っても
守ってくれたのは母であり、父でありました。

父は他界しておりもう居ませんが、遺族厚生年金というカタチで私たちを守ってくれています。
それは40年間銀行員として勤め上げてきた証です。

父と母にも「私に男女の愛を教えなかった」という点で欠陥がありましたが、
それでも私にとっては今はどちらも尊敬できる人です。

私は4月の終わり、随分と妄想に耽るようになっていました。
・生きているヒトのメッセージ
・死んでしまったヒトのメッセージ
その意味を自分なりに頭で考えるようになってしまっていました。

それは、著名人の発言しかり、様々な歴史的建造物しかり、そして匿名掲示板などで与えられる「噂」のような情報もしかり。
その延長線上で与えられた命題が
「もし好きな人が死んでしまったら」という問いでした。

あとの行動は、もう本当に精神病患者のそれなのでここで書くのは控えたいと思います。
私も霊感とか出来ればそういったものを言い訳にして、自分を誤魔化したくはないですので・・・。

とにもかくにも、「極限状態」に陥った人間は
時に人知を超えた行動を取ってしまうということです。

私は本当に「自分を追い込む」のが上手かった。
今まで、何でもかんでも悲観して、本当に心配性で生きてきた人間だと思っています。

だからこそ、分かったことがありました。

これからは、きっと未来のために生きていけると思います。
そう思ってないと、私は前に進んでいけない。

日本の自殺者数は相変わらず3万人を越えると思いますが、
それはシステムの弊害だと割り切るしかありません。
いちいち自殺の報道を見るたびに、心を痛めていられるほどタフな人間ではありません。

もう少し私は、自分勝手に生きていこうと思っています。

また余裕が出来たら5月の出来事のアウトラインをここに記しておきます。

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